上海協力機構~サマルカンド・サミット解説~
お疲れ様です。
9月15日~16日に、ウズベキスタンの首都・サマルカンドにて上海協力機構の首脳会合が開催されました。
ウクライナ侵攻を開始してから200日を突破し、ついにウクライナによる反撃で要衝を失ったロシア、その威信は地に堕ちたとも言われています。
そのような情勢下で、上海協力機構のような西側諸国からしたら馴染みのない国家で構成された国際機構による会合が開催され、何が議論されたのかを観察することは意義があると考えられます。
本稿は、主に上海協力機構の公式文書や報道(ロシア語圏を特に)から、今回のウズベキスタンサミットで何が起きたのかを整理することが目的としています。
上海協力機構とは?
そもそも上海協力機構とは何なのか。多国間協力枠組みの中でも知名度は低い方かと思います。
ご存じの方は飛ばして次にお進みください。
時代はソヴィエト連邦が存在していた頃に遡ります。
中国とソヴィエト連邦は長い国境を有しており、度々国境の策定問題で武力衝突に発展する事態も発生していました。
著名なのはダマンスキー島事件でしょうか。
ソ連が崩壊した際、構成国であった中央アジア諸国が独立を果たし、タジキスタン、カザフスタン、クルグズスタンら3ヵ国は独立国として中国に接することになりました。
独立後間もない3か国が国境策定交渉を単独で行うことは困難*1であり、国境問題による対立を回避すべく「四プラス一(ロシア、タジキスタン、カザフスタン、クルグズスタン+中国)」の枠組みが作られました。
これが上海協力機構の前身となる「上海ファイブ」となります。
これにウズベキスタンを加えた、計6ヵ国で上海協力機構が2001年6月に発足します。
当時締結された「上海条約」では「テロリズム、分離主義、過激主義」の「三悪」と呼ばれる非伝統的脅威に対抗する旨が記載されました。
国境問題から始まった上海協力機構は、イスラーム過激主義と対決するという目標を加え、地域協力枠組みとして発足したことになります。
それからは中国の圧倒的な経済力を背景とした経済協力プラットフォームとしても機能し、現在に至ります。
加盟国はこんな感じです。
加盟国 |
オブザーバー |
対話パートナー |
加盟申請中 |
中国 ロシア クルグズスタン インド |
イラン モンゴル |
ネパール トルコ |
シリア エジプト バハレーン |
(青:加盟国 ピンク:オブザーバー 緑:対話パートナー 黄:申請中)
【2021年6月時点 筆者作成】
背景
今回の上海協力機構首脳会合を重要にさせたのは、ロシアの行動だけでは
署名文書
今回の首脳会合で署名された文書は以下の通りです。
Шанхайская организация сотрудничества | ШОС
サマルカンド宣言中では、SCO自体が他の国家や国際機関に敵対するものではなく国連憲章、SCO憲章、国際法に従うこと、テロ組織の共同のリストを作成すること、中央アジアをSCOの中核とみなすことなどが明記されました。
恐らく近日中に英語版が公開されると思います。
加盟国の変化
オブザーバーだったベラルーシとイランが、本格的な加盟に動くようです。
また、エジプト、カタール、バハレーン、UAE、モルジブ、ミャンマーが対話パートナーとしての地位を得るとのこと。
http://www.infoshos.ru/ru/?idn=31635
ロシア主導の協力枠組みであるCSTO(集団安全保障条約機構)に関して取りざたされていたカザフスタンの脱退ですが、カザフスタン外務省が明確に否定しています。
このサイト、カザフスタンの情報社会開発省の支援を受けて作られているそうです。
Это фейк.(迫真)
カザフスタンの2022年1月の動乱でCSTO部隊が派遣されたことはまだ記憶に新しいですね。
CSTOもテロ対策などの役割を担っているので、SCOの反テロ組織(RATS)と被るのではないかとも思いますが、加盟国による要請で実力組織を派遣する独自の役割を担うのであればSCOにはない要素を持つのではないでしょうか。
カザフの件は例外な気がする…
二国間関係の進展
中国-ロシア
今回の目玉である中露関係の進展。
クレムリンの公式発表を見てみましょう。
- 誰かに押し付けられたわけではない、公正で民主的かつ多極的な世界秩序の形成を提唱する
- ウクライナ危機に関する、中国の「バランスの取れた立場」を高く評価する
- 一極集中を作ろうとする試みは、全く醜い形(абсолютно уродливое очертание)をしていて、地球上の大多数の国家にとって全く受け入れがたいものである
- 一つの中国の原則を堅持し、台湾海峡における米国とその「衛星国家」による挑発を非難する
- 年間貿易額を2000億ドル以上に増加させることを目指す
- 文化・文明、外交指針、国家の発展のモデルが異なる国々が参加し、平等と相互利益、互いの主張の尊重、内政不干渉の原則に基づくSCOは、歴史的な多国間協力の有効な枠組みとなった
彼らのいう多極的な世界というのは、言ってしまえば二極構造でしかないのですが、様々なバックグラウンドを持ち、西側の影響力を排除できているSCOはこの理想に合致しているのでしょう。
また、上記の「衛星国家(сателлит)」とは日本のことでしょうが、自国の防衛を他国に任せているのであれば主権国家にあらず、という主張は一貫しているように見えます。
ロシアによるウクライナ侵攻で、中国は肩入れしないポジションを取っていることは日本のメディアでも多く扱われてきましたが、クレムリンはその立ち位置を好意的に捉えていることが伺えます。
今後の中露関係については、ウクライナでロシアが窮地に立たされようが、安定して継続するのだろうと思われます。
ロシアに失望した取り巻き国家が離反したとしても、中国の存在がある以上SCO圏内からは離脱せず「力の真空」が生じる可能性が低いと考えています。
一方で後述するタジキスタン-クルグズスタン間、アルメニア-アゼルバイジャン間の武力衝突が、ロシアの影響力の減退によるものであれば話は別です。
はたして多国間国際組織の存在によってエスカレーションは避けられるのか、それとも効果はないのか。今後注目すべきだと考えております。
ウズベキスタン-ロシア
ウズベキスタンとロシアは、包括的戦略パートナーシップに関する宣言をしました。
貿易量は過去3か月で70%の伸びを示しており、多面的な協力関係は「かつてないほど高いレベル(на беспрецедентно высокий уровень)」に達しているとのこと。
Президенты Узбекистана и России подписали декларацию о всеобъемлющем стратегическом партнерстве
前カリモフ政権時には二回もCSTOを脱退しており、ロシアとは絶縁できないカップルのような距離を取るウズベキスタンですが、ミルジヨエフ政権になって以降、軍事協力には慎重な姿勢を見せつつその他の領域での協力は進んでいるようです。
クルグズスタン-タジキスタン
SCOサミット後に会談したクルグズスタンのジャパロフ大統領とタジキスタンのラフモン大統領が、停戦と国境画定のプロセスを加速させることに合意しました。
События - Официальный сайт Президента Кыргызской Республики
これで無事解決となればよかったのですが、現在も緊張状態が続いているようです。
アルメニア-アゼルバイジャン
沈静化したように見える二国間の紛争ですが、支援要請に応じなかったロシアおよびCSTOに対するアルメニアの信用が損なわれたとのこと。
9月14日、アルメニアのパシニャン首相は、CSTOの集団防衛規定を正式に発動させ、軍事支援を要求していました。
結び
だいぶ駆け足になってしまいました。
本当はインド・パキスタン、イランあたりにも触れたかったのですが...
今回のSCOサミットでは久々の対面開催となり、ユーラシア諸国の結束が語られる一方で、前後で加盟国同士、対話パートナー同士が紛争を始めるというなんともな事態となりました。
アルメニア-アゼルバイジャン間の紛争では、ロシアがアルメニアを見捨てることとなり、もはや盟主たる実力を失いつつあるとの見方もあります。
「西」のウクライナに気を取られ、「柔らかい腹部」とも形容されるコーカサスや中央アジアでのロシアでの影響力が弱まっているのは、同意するところです。
中央ユーラシアに混沌が訪れるのか、それとも衝突を回避できるのかは重大な論点になるでしょう。